逃げ出したアンジェラは家族と感謝祭を楽しんでいたが、そこをザビエルが訪ねて来る。彼女の家族の平凡さを見て、なぜ父親のブラッドがアンジェラと繋がったのか不思議に思う。その一週間後、アンジェラの父が倒れ命が危うくなるが、結婚式は予定通り行われることになり、アンジェラは気丈に乗り切ろうとするが、疲れからパーティーを抜け出し部屋に戻る。するとザビエルの声が聞こえ彼の部屋を開けたアンジェラが見たものは…
ザビエル
サンクスギビングにアンジェラの家を訪ねると決めたのは、どういう気の迷いなのか、自分でも分からない。
病的な好奇心だったのかもしれない。
金目当ての女の家族がどんなものか見たかったのかもしれない。
俺たちの恐ろしい結婚式の日が来る前に、この女に泥を塗って、この町から追い出そうと思っていたのかもしれない。
しかし、俺がそこで得たのは、食卓を囲む気まずい時間とクソまずい食事だけだった。
俺は七面鳥を一口食べては、どうにか真顔を保った。
ソースをいくらかけても、サハラ砂漠を食っているかのような味がした。
「おかわりは?」
顔を上げると、一番上の兄が泥のような何かをスプーンですくって俺に差し出していた。とても礼儀正しく振舞っていたが、明らかに無理しているのが伝わってきた。
全員から、まっすぐな敵意が波のように押し寄せてくるのを感じていた。
「ぜひ」俺は言った。「素晴らしいシェフだ」
「そもそも誰かさんはパイを持ってくるのを忘れてなかったんだ」もう一人の兄が沈黙を埋めようと口を開いた。「アンジェラ、彼氏を連れてくると言ってくれればよかったのに」
「お、驚かせたくて」アンジェラはたどたどしく言った。
「確かに。ものすごいサプライズだ」と、父親はつぶやいた。じっと俺を見つめてきたので、俺も貼り付けたような作り笑顔を返した。ずいぶん老け込んでいるように見える。まるで長いこと入院していたかのような雰囲気だ。
「それで、2人はどうやって知り合ったんだ?」父親はぼそぼそと聞いてきた。
「結構面白い話なんだけど」俺は金目当ての婚約者にいやらしく歯を見せて笑った。「でも、アンジェラの方が話がうまいからな」
アンジェラの顔は、火を噴いたように真っ赤になった。俺は皿の上の乾いたハムをつついた。
うまく話をつくれよ、かわいそうな女。
「私たちは本当に偶然出会ったの……」
俺たちは隠れ家的な飲茶レストランで出会ったというでたらめな話を、俺はじっと聞いていた。俺は笑顔で頷きながら、最適なタイミングで相槌を打ってやった。
何を期待してアンジェラの家まで行ったのか、自分でも分からない。
嘘つき蛇の巣窟?
ジプシーの詐欺師家族?
俺は歓迎されると思っていた。娘が嘘で釣り上げた超大物に媚びへつらい、ヘコヘコと持ち上げてくることを想像しながらここに来た。
しかし、俺が見る限り、ここはあまりにも退屈で平凡な田舎の家族だ。兄も父親も過保護で、大切な娘を心配しているようだ。この女が悪事を働いているとは微塵も考えていない。
彼女は聖人だった。
天使だ。
しかし、この天使は笑顔で嘘をついている。
俺は目を細めてこの女をじっと見た。
確かに、完全に外見のことだけを言えば、アンジェラが最高の女であることは否定できない。彼女は艶やかなブロンドの髪に、明るく知的な瞳、そして嫌いな男はいないであろう理想的なボディ。
純朴に見えて実はめっちゃエロい身体をしている幼馴染のアイツ、という役柄があれば抜擢されそうな容姿だ。
「えらくスピード婚だな」父親が言った。「君はアンジェラのどこが好きなんだ? どうして娘と結婚しようと?」
「父さん!」アンジェラは父親を制した。
アンジェラに目をやると、くりくりの目は大きく見開き、懇願するような視線を送ってきた。
このとき俺は、全てをばらすことだってできた。
この家族に、醜い真実を告げてしまったって別によかった。
でも、そんなことをしても俺には何の得にもならないことも分かっていた。
この女と結婚すれば、会社での地位は保証されると、父から聞かされていた。将来的にはナイト・エンタープライズのCEOとしての座を与えられるということだ。
それがニュージャージーから来たこの田舎者の家族を騙すことになったとしても、俺には何も関係がない。
「好きにならない理由がない」と俺はそう答えて、アンジェラの目を見つめた。「娘さんは本当に美しい。思いやりがあって、今まで会った中で一番心優しい女性だ。そして、僕たちのこれからの人生を、共に誠実で~正直~に生きようとしてくれている」
アンジェラはたじろぎ、ばつが悪そうに下を向いた。
「ほう……」金目当て女のパパは低くうなり、スプーン一杯のマッシュポテトを口に入れた。
完全に納得しているわけではなさそうだったが、それ以上は何も聞いてこなかった。
テーブルの下でアンジェラが俺の手を握ってきた。彼女はちらりと俺を見て、口パクでありがとう。と言った。
一瞬にして、肩の力が抜けたのを感じた。俺の苛立ちと怒りは彼女の手によって消え去り、俺は彼女の瞳に吸い込まれそうだった。
しかしその愚かな感情は一瞬で、俺の理性によって制止した。
俺は彼女と距離を置き、余計に苛立った。
この女の策略にはまってはいけない。
女が欲しがるのはいつだって俺の金だけだ。
そして俺の地位
気を抜いたらその瞬間、心臓をえぐり取られてしまう。
「試合再開だ」と兄弟の一人が言った。男たちは気まずい夕食の会話から逃れようと、試合に飛びついた。当然の反応だと思う。
「皿洗いをするよ」みんなが皿を片付け始めたのを見て、俺は言った。「サプライズゲストの僕にできるのはそれくらいだ」
「ありがとう、スキップ」と父親は言った。「フットボールのファンか?」
「もちろん」俺は言った。「イーグルスなんてクソだよ」
父親は満足そうに頷きリビングに消えていき、息子たちもその後を追った。
しかし、問題の張本人であるその女は、その場に留まった。
彼女は黙ってテーブルを片付けていたが、俺と目を合わせようとはしなかった。
「何が目的なんだ?」俺は問い詰めた。
アンジェラ
私は持っていた皿を落としそうになった。
「父さんの弱みでも握ってるのか?」ザビエルは言った。「何があったら、あの人はお前と俺を結婚させたがるんだ?」
「脅迫なんかしていないわ」私は言った。
「じゃあ、いったい何なんだ?」彼は私に一歩近づき、上から見下ろすように立った。しかし、威嚇しようという意図がないことはすぐに分かった。
出会ってから初めて、ザビエルを怖いと感じなかった。率直で混乱した表情は演技ではなさそうだ。
「本当のことを話してくれ」彼は低い声で言った。
ざわざわと焦りが背筋を走った。
心臓が跳ねる音が聞こえた。
冷酷な仮面の裏に隠された男の姿を垣間見た気がした。
彼は私に手を差し伸べてくれているのだ。
本当のことを話せば、私たちはうまくいくのだろうか?
私を憎まなくなる? それとももっと嫌われる?
私たちは本当の関係を築けるのかな?
私は口を開いたが、言葉は出てこなかった。これはブラッドと交わした契約なのだ。
「わ、私は……ただあなたを好きなだけよ。一緒に幸せな人生を送りたいの」その言葉は、自分の耳にさえ、弱々しく、薄っぺらく聞こえた。
一瞬にしてザビエルの表情は暗くなり、何かがぽきんと折れたような感じがした。私から離れたザビエルの顔は、冷酷な仮面で再び覆われていた。
「お前は間違ってる」その言葉はナイフのように鋭かった。「俺たちが一緒になって幸せになれるわけがない」
***
「ありえない! 夢みたい!」
エミリーは靴を脱ぎ、暖房の効いた大理石の床を走りながら、叫んだ。私も同感だ。
私はナイトグループのトライベッカホテルのブライダルスイートルームで、部屋中を見回した。部屋というより博物館のような場所だった。すべてが絵に描いたように完璧だった。
しかし、私の心は沈み切っていた。
感謝祭から結婚式までの1週間の間に、父はまた脳卒中で倒れた。
数日前から治療のために昏睡状態にさせられた。私は父のそばに駆けつけたかったが、ルーカスとダニーは私にできることは何もないと言った。状態は落ち着いていると。
でも昏睡状態はいつまで続くかわからない……。
涙が溢れてきた。
父さんはバージンロードを歩いてくれないのね。
エミリーがキッチンから戻ってきて、私にグラスを渡した。
「ミモザ?」私は顔をしかめた。「まだお昼過ぎよ」
「お嬢さん、昼間っから飲める日があるとしたら、それは今日よ」エミリーは自分のカクテルに口をつけた。「結婚するんでしょ。」
私は家族にしたのと同じ話をエミリーにした。同じ嘘を繰り返していくうちに、自分でも本当のことのような気がしてきた。
「乾杯」エミリーは私のグラスに自分のグラスを合わせて言った。「あなたが幸せで本当によかった」エミリーはそう言いながら、私の目をじっと見つめた。私がその言葉に答えるのを待っているかのようだった。
ドアがノックされたので、私は答えずにすんだ。エミリーが小走りに駆け寄り、ドアを開けると、真っ黒な制服を着たクールな女性たちが現れた。
「私たちはブライダルチームです」と先頭の女性が言った。その中には前撮りのときのメイクアップアーティスト、スカイがいた。
女たちは部屋にずかずかと入ってきてし、寝室ほどの広さのバスルームにそれぞれの持ち場を準備し始めた。そのうちの一人が私を指差し、あごを動かしてついてくるようにジェスチャーした。
彼女たちの美容レクチャーは、何時間にも感じられた。まるで、舞踏会の前のシンデレラに手ほどきをする、怒れるゴッドマザー4人組といったところか。
こんなにも身支度全てを他人にやってもらったことはなく、落ち着かなかった。ちょっとでも自分で何かをしようとすると、いつも厳しい視線と鋭い声で叱られた。
見たこともないような美容グッズも使われた。
私のドレスは、アレキサンダー・ワンという人による特注デザインらしい。
現実のこととは思えず、まるで体外離脱したような感覚だった。しかし、すべての準備が終わって、全身鏡に映る自分を見たとき、すべてがはっきりと浮かび上がった。
これは私じゃない。ありえない。
しかしそれは間違いなく自分だった。私は女王様が着るようなドレスを身にまとっていた。優美にまとわるドレープ、肌を輝かせるアイボリーカラー、体型を引き締めてくれるコルセット、床への広がり方まで計算されているトレーン。すべてが完璧だった。
あまりにも完璧すぎる。
「ちょっと待って、やばい、最高」とエミリーは叫び、ドレスに見とれながら、鏡に向かってやって来た。
「キレイね。高貴って感じ。このドレスいいわね。どこで買えるの?」
「エミリー」鏡の中の自分をしばらく見つめたあと、私は言った。「私、本当に結婚するのね」
エミリーは私に近づき、手を握っていった。「そうよ、アンジェラ」
***
エミリーは私の付き添い役であったが、私とザビエル2人だけで壇上に立ってほしいというブラッドの強い希望で、彼女は一番前の席で座ることになった。エミリーもブライダルチームも去り、広すぎるスイートルームには私ひとりが残された。分不相応のドレスを着て、髪をセットして、顔にはハイライトが入れられて。
もう逃げられない。
私は深呼吸をしてシャンパンをもう一口飲み、ドアを開けて外に出た。その瞬間、廊下から私の名前を呼ぶ声が聞こえた。振り返ると、タキシード姿のダニーがいた。ダニーはタキシードなんて持っていないはずだ。おそらく友人から借りたかレンタルしてくれたんだろう。それが普通だ。
「ダニー」兄に抱きしめられながら、私はその名を呼んだ。
「すてきだ。信じられないほど綺麗だ」
「でしょ。」
「君の晴れ舞台の前に……会っておきたくて」と彼は言ったが、私の目を直視できないようだった。「ルーカスがあっちで席をとってくれているんだ……。ねえ、アンジェラ。僕たちは君を誇りに思ってるんだよ。父さんもね」
「そうかな?」
「父さんは君のすること全てを誇りに思ってる。君は賢いからね」兄が本気でそう言ってくれているのが分かり、心が震えた。「もしあのクソ野郎がおまえを傷つけるようなことがあったら、納屋からライフルを持って行くからな」
私の目は思わず涙が浮かんだ。「分かってるわ、ダニー」メイクが台無しにならないように、私は天井を見上げて涙をこらえた。「ありがとう」
彼は兄らしく私の肩に手をやると、「あっちにいるから」と言ってホールに戻っていった。
私は唾を飲み込んだ。覚悟は決まった。
「やあ」彼はドアのところから叫んだ。
「おーい?」
「つまずくなよ」そう言って彼は、将来が決まるこの部屋の中に歩いてきた。そして私も、一歩ずつ、少しずつ、彼に向かった。
ザビエル
どんな神経してんだ、あの女。あんなことを言ったのに、結婚式を挙げるなんて信じられなかった。しかし俺は確信した。金目当てなのは間違いない。自尊心のある普通の女の子は、結婚式の前撮りのときにクソビッチと言ってきた男と結婚するはずがないのだ。にね。
俺は感謝祭で、俺たちが幸せになれるわけがないとあいつに伝えた。
俺は目の前の部屋を眺めた。準備は全て父がした。トライベッカにある俺たちのホテルで一番大きな会場で、あらゆる面を覆う白いユリの花。500人の観客に見守られ、一人息子が一人前の男になる瞬間を見届けようとしたのだ。
これだけでも、俺がこの会社での地位をどれほど望んでいるかが分かるだろう。
そのとき、頭のなかにある女の顔が浮かんだ。アンジェラではない。俺の愛を弄んでおいて、目の前で俺の心を打ち砕き、俺を嘲笑ったあの女だ。
俺が自分の過去を思い出して感傷に浸り始めたとき、バイオリニストの演奏が始まった。くそっ。そのときだった。
列席者の一番前で満足げに座っている父の姿が見えた。楽しそうに笑う父を見るのは、正直嬉しかった。父と母は結婚してからずっとおしどり夫婦だったのだ。母の死後、無機質で、引きこもりがちだった父が、この日、この場所で、笑顔でみんなを抱きしめていた。
メイン扉が開き、俺は部屋の奥に視線を向けた。会場の人々が立ち上がった。俺は両親の美しい結婚生活を思い浮かべた。でも、俺たちはそうはならないだろう。
それどころか。
人生最悪の結婚生活を覚悟するんだな。