S.S. Sahoo
ザビエル
「おはようございます、ボス」 翌朝ロンのデスクの横を通り過ぎる時、ロンがそう言った。まだ外は暗く、オフィスには誰もいなかった。
最悪の月曜日だ。
「コーヒー、ありがとう」 俺はロンの手から湯気を立てるカップを取って言った。「もう中にいるのか?」
「もちろん。会議の議事録をとりましょうか?」 ロンはいつものように真面目に問うてきた。
「いや、パリのプロジェクトメンバーを全員集めてくれ。8時ちょうどに話す」
ロンの返事を待たずに俺はオフィスのドアを押し開けた。父が部屋の中央に立っていた。
父は半分引退しているようなものだったが、どういうつもりか、まだこの場所が自分のものであるかのように俺のオフィスに現れる癖があった。父が喜んで「手伝ってくれる」ことには感謝すべきかもしれないが、大抵の場合、俺はそんな父にイラついていた。
「父さん、俺――」 俺が口を開くとすぐ父が遮った。
「言い訳は聞きたくない、息子よ」
俺は椅子に座り、片頭痛を感じてこめかみをさすった。今は説教を聞く時間がなかった。それにほとんど寝ていない。
「お前は重大なミスを犯した」 父は俺のデスクの前を行ったり来たりしながら続けた。怒っているとき、父は動き回る。虎や熊のように自分を大きく見せることで目の前の問題を脅かし、追い払えるとでも思っているのだろうか。
しかし俺はその手振りや大声には慣れ切っていて、何も怖くない。
「ジャックとの契約を解消したと昨夜聞いたとき、信じられなかった。俺の息子、俺の生まれ変わった息子がそんなことをするはずがないと。そんなことをするのは、カーレースをして、金を浪費し、無責任だったかつてのザビエルだ。ナイト・エンタープライズを任された今のザビエルではない」
俺はコーヒーを一口飲み、再び口を開いた。「父さん、俺――」
父は腕を組んだ。「ザビエル、どうしてプロジェクトをそんなふうに台無しにできた? 何か月もの努力が水の泡だ。新しいパートナーを見つけて損失を取り返すのにどれだけの時間がかかるか」
老人からの一方的な説教にうんざりして、俺は歯を食いしばり、大声で叫んだ。「ジャックがアンジェラをレイプしようとしたんだ!!!」
父の顔色が一瞬で変わった。彼はデスクの反対側にある来客用の椅子に座り込んだ。「何だって?」
「ジャックがアンジェラをレイプしようとした」 俺は静かに繰り返した。その言葉を口にした途端、あいつを守れなかったという事実を思い知らさて本当に辛かった。
昨夜、この短気な性格が大きく改善されていることが皮肉にも証明された。アンジェラがあいつにされたことを話しているとき、俺は静かに座っていた。
あいつが彼女を追い詰めたこと。彼女に触れたこと。怒りが全身に流れ、腹の中で高まっていくのを感じた。それから家に帰って、アンジェラが無事に眠ってるのを見届けてから、俺はその怒りを何か強力なものに変えた。
「いつ? どうやって?」 父が尋ねた。
「パリだ。あいつはアンジェラをストーキングした。会場の脇の部屋に彼女を閉じ込めた」と俺は話した。「ホテルに電話して、防犯カメラの映像を提供するように依頼した」
「警察に連絡したか? 俺のチームを使うか?」 父はポケットから携帯を取り出した。完全に冷静さを取り戻し、意思を固め、ビジネスライクに物事を進めようとしていた。
「ああ、もちろんだ」と俺は答えた。俺に対する父の信頼の欠如、妻を守るという俺の意欲に対する信頼の欠如が少し痛かった。
自分は父の信頼に値すると自覚していることが、この痛みを強くしていた。
「警察は今、彼を探している。あの野郎はフランスに戻るライベート機に乗ったようだ。インターポールがやつを捕まえようと空港で待機している」
父は椅子にもたれかかり、眉を上げた。「よくやった、息子よ」
「まだ捕まっていない」
「捕まえるさ。奴の動機が何だったか、心当たりはあるのか?」
俺にとって聞かれたくない質問だったが、父ほどの力を持つ人間が難しい質問をしないはずがないことも分かっていた。
俺は咳払いをして、父と目線を合わすことができずに下を向いて言った。「たぶん、復讐のためだと思う」
「何の復讐だ? ザビエル」
俺は恥ずかしさで首の後ろが熱くなるのを感じた。「俺があいつの彼女と寝たことだ」
父は手を上げた。「詳しくは知りたくない。ただ、終わったことだと言ってくれ」
「終わったことだ」
「その女の子は大丈夫なのか?」
俺は頷いた。「俺たちのホテルに泊めてる。俺のせいであの子が傷つけられるのは避けたい」
父は頷いた。「よくやった、息子よ。さあ、出て行け」
「え?」 俺は驚いて、手に持っていたマグカップを握った。
それだけ? よくやった、さあ出て行けって、俺はやることだらけなんだけど?
「今はアンジェラのそばにいるべきだ。あの子は壊れやすい」と父が言った。
それは分かってる。
だから俺は一晩中アンジェラを抱きしめて眠るまでそばにいた。だから俺はあの卑劣なフランス野郎を追い詰めるために電話をかけ続けた。だから俺はCEOになってからの最大の契約を破棄した。
「ここにいて事態を見届けたい。家に戻って祈るだけなんてのは嫌だ」 俺は怒りを込めて言った。「あいつはアンジェラに手を出したんだ、父さん。傷つけた。みすみす見逃すわけにはいかない」
「見逃せとは言ってないよ」と父は答えた。「でもザビエル、お前が知らないことがまだある。こいつはアンジェラを脅した最初の男ではない」
「どういう意味だ?」
父がアンジェラのヌード写真が流出した真実の裏側を語り始め、怒りが再び湧き上がってきた。元上司にストーキングされ、脅迫されていたにもかかわらず、アンジェラは俺に伝えないでほしいと言っていたこと。
アンジェラは俺に真実を伝えなかった。なぜ? 写真がニュースになったとき、俺はあいつを非難した。注目を集めるためにした、金目当てのビッチ、嘘つきの売春婦と呼んだ。
俺はあまりにも真実から離れたところにいた。
「俺は最低だ」 父が話し終わると、俺は息を吐いた。
父の唇が小さな笑みを浮かべた。「ああ、以前のお前はそうだった。でも今なら挽回するチャンスがある。あの子のところに行け。ここは俺が引き受ける」
俺は頷き、立ち上がっていた。「ありがとう」
知らない間に俺はアンジェラを何度も裏切っていた。もう二度と繰り返したくない。
「なあ、息子よ」 ドアから出かかったところで父が呼び止めた。「誇りに思っているよ。よくやった」
アンジェラ
「会場の写真、見た?」とエミリーが尋ねる声が聞こえた。
その声は遠くから聞こえるようで、まるで私が水の中にいるようだった。
私は頭を振り、自分の思考から抜け出した。「あ、ごめん、まだよ」
エミリーは眉をひそめ、私のノートパソコンの画面を押し下げた。「アンジェラ、大丈夫? 顔色やばいよ」
エミリーが来る前にもっときちんとした格好をしておくべきだった。正直に言うと、疲れすぎてそんな気力はなかったのだ。エミリーのことを思うと、いっそキャンセルする方がよかったのかもしれない。
しかし昨夜のことを忘れるためには女同士の時間が必要だとも思った。でも結局この1時間ずっとジャックの視線が私に向けられている感じがして、エミリーを手伝うこともなく、コンピューターの画面を見つめていた。
エミリーには言えなかった。心配かけるわけにはいかない。
昨夜ザビエルに話してみたけど、結果は芳しくなかった。彼は怒鳴らなかった。実際、ほとんど何もしなかった。
ザビエルは私を家に連れて帰り、眠るまで一緒に座っていてくれたけれど、不気味な静けさが彼を覆った。あんな沈黙よりは怒られるほうが良かった。何もしないよりは何でもいいからしてほしかった。
「寝不足なだけ」 私はエミリーに笑った。「コーヒーを飲めば大丈夫」
私は立ち上がり、キッチンに行ってもう一度コーヒーをいれた。
ザビエルが仕事の取引よりも私のことを気にかけているとにわかには信じられなかった。ナイト・エンタープライズの運営についてはあまり知らないが、ジャックがヨーロッパで重要人物なことくらいは理解していた。ナイト・エンタープライズがレイプ犯と一緒に仕事をしているというニュースが流れれば会社の評判を落とすことになるだろう。
私はマグカップを満たし、エミリーのところに戻ってテーブルの隣に座った。「今、写真を探すわ。気に入ったドレスはあった?」
「うん、いくつか。このホルターネックのドレス、素敵だと思うわ」 彼女がパソコンを私に向けて回すと、私の携帯がテーブルの上でブザーを鳴らした。
携帯を手に取り、メッセージを読むと心が沈んだ。
「本当に大丈夫?」 エミリーが陰鬱な表情をした私を見て尋ねた。
「ダスティンのスタジオに泥棒が入ったんだって」と携帯を置いて答えた。
「大丈夫なの?」
「うん、でもザビエルと私の絵だけが盗まれた。
誰がザビエルと私の絵を欲しがるの?」
思い浮かぶ名前は一つだけ。ジャックだ。
そんな馬鹿なと思った。ジャックはダスティンを知らないもの。絵のことなんて知ってるわけない。
もしジャックが知っていたとしても、あいつは盗んだ絵を飾るのではなく燃やすだろう。それでも私はジャックが犯人だと直感で感じていた。
震える手をエミリーに見られないように膝の上に置いた。
「アンジェラ、本当に顔色が悪いわ」 エミリーは眉をひそめて私を見つめた。「何か話したいことがあるんじゃないの?」
涙が頬を伝い始め、私は頭を振った。「ごめん、エミリー。できない」
エミリーは理解したようで、私を抱きしめた。
前回の二の舞いにはさせない。私のために他の誰かが傷つくのは嫌だった。私の写真が流出したとき、私だけでなく、ブラッド、ザビエル、そして私の家族も影響を受けた。
今回はダスティンが攻撃された。他の誰かが傷つくのも時間の問題だろう。
ジャックは私を狙っている。
そして重要なのは、それがいつかということだ。