Feeling the Burn ―ハンナの欲情― 1巻 - 表紙

Feeling the Burn ―ハンナの欲情― 1巻

El Koslo

状況の悪化

ハンナ

「どこに行って欲しいですって?」

「お願い!」私は懇願した。

「わかった。。。順序よく、一つずつ説明してくれる?」

親友と目を合わせないようにしながらカウンターにもたれかかると、私は溜め息をついた。

パーカーは階下に住んでいるが、付き合っているボーイフレンドがいる場合、息抜きをしたい時だけ私に会いにくる事を除いてお互いどちらかの部屋にいることがほとんどだ。

「医師がね、肥満だって言うのよ。」

「あのね、他人の言葉に気を害す癖を直したほうがいいわ。あなたは、とても素敵な女性のよ。」と、パーカーは呆れた表情で私を見た。

「言ってくれるわね。」

醜いとは思っていないが、モダンな美しさの標準に達していない事をいつも非難されていると感じている。

「えっと。そうじゃなくて。。。もし、僕が女性に興味があったら、一度はやってみたい女だわ。」そう言いながら、私の胸を指し、”女性に興味”のジェスチャーをした。

「それで、その医者は去年と同じことを言ったの?」

「ううん。全く同じではないわ。」私は、溜まっていた鬱憤を晴らそうと、深く息を吸い、そして溜め息をついた。

「説明してちょうだい。」パーカーは目を顰め、朝食カウンターに肘をついた。

「医師がね、真剣に受け止めないと、40歳までに脳卒中か心臓発作を起こすって言うのよ。」

そう話しながら、私の健康への無関心さが自分自身の健康状態を危険に追い込んでいること理解し、涙が込み上げてくるのを感じていた。

「なんてこと!」パーカーの顔から血の気が引き、私を心配そうに見つめた。

「そうなのよ。。。」

「で、その医者はあんたにジムに行けって言うの?」カウンターのバースツールに座っている彼は、背筋を伸ばしながら聞いた。

「そうよ。それか、パーソナルトレーナーね。でも、前みたいな事になりたくないの。」

私たちは、以前、私が経験した最悪な出来事を思い出し、彼は目を丸くした。「あなたを追い出すような事はさせないで。トレーナーがみんな嫌な奴とは限らないわよ。」

私は眉を顰め、胸の前で腕を組んだ。そうでもないわ。。。過去10年、私の肥満が原因で、様々な態度をとるトレーナーに出会った経験がある。

この、ミステリアスなジョーダンも全く同じ態度を取るに違いない。

「いいアイデアだと思うな。」パーカーはにやついた顔で、夢中になっていた。「辛いと思うけど、あなたのためになるんでしょ。」

「だったら、一緒に行ってくれるの?」私は、惨めそうな表情を作り彼に懇願した。「昨日、申し込んだの。明日の朝が最初のクラスなのよ。。。」

「あら!」ヒステリックに大笑いし、落ち着くまで笑い涙を拭き続けいるパーカーを見て、私は彼を殴り倒したい衝動を抑え込んでいた。

「冗談を言ったんじゃないわよ。」私がとても真剣なのを感じ取った彼の表情が曇った。私には、彼が必要なのだ。

「マジで? どうして僕なの? 僕、もうジムに通っているんだけど。」今度は私の番だ。パーカーの焦った声を聞いた私はニヤリとした。

「でしょ。あんたの体型は、スリム。。。っぽいわ。だから、私を勇気づける手助けをして欲しいの。」

パーカーは顔を顰めて座り直し、両手で平たいお腹を触り続けた。「あら。ありがとう。僕が、"スリムっぽい"って言ってくれて。気分が良いわ。」

「まぁ。。。私の45パーセントはピーナッツバターカップで出来てるけど、あんたは、ギリシャ神話に出てくる美少年、アドニスね。」

私の最大の欠点である平たいとは言えないお腹を見せ、私たちは大笑いした。アルコールに依存する人もいるが、私はチョコレートとピーナッツバターで自分を癒しているのだ。

「なんてことよ。」彼のこの言葉で、私は彼が私の頼みを聞いてくれるつもりだと知った。

「お願いよ。」私は口を尖らせ、上目遣いでパーカーを見上げた。あの場所で一人で頑張れるはずがない。ロッカールームに隠れ続けないよう、背中を押してくれる誰かが私には必要なのだ。

「貸しができたわね。」

この言葉を聞き、全身から力が抜けた。

「ありがとう。。。嬉しいわ!」私はカウンターの周囲を飛び回り、パーカーに抱きついた。

「これだけは忘れないで。僕がフックアップといざこざが起きた時に、助けてくれる人が必要だってことをね。」パーカーはそう言いながら、顰めっ面をしている私を見て笑った。彼に借りがなくても、助けを求めてきたことがあったからだ。

「私にあんたの妻の役をしろなんて、もう言わないわよね。」パーカーは大笑いしながら、私の額にキスをした。

「あれは効果があったけれど、そうでもなかったかも。僕が、アマチュア俳優が好きだってことを人に知られたくないんだ。」

彼がそう言い身震いをしたのを見て、呆気に取られた。

「だって、女性のあそこは、恐ろしく怖いものだからね。」

私のその言葉に、パーカーは納得したように口を窄めて頷き、私たち2人はまた大爆笑した。

「そう、確かにそうなの。。。男性用装具の方が使いやすいしね。」と彼が手で下品な動きをしたのを見て、私は呆れ顔で首を振った。

「そうね。。。男性って簡単に悦ばせられるもの。」確かに男性の身体は分かりやすい。

「それに、僕たちをイカせるために、手話の上級者コースを受講しなくてもいいもんね。」

「パーカー! そんなことしないで!」パーカーの手の動きと表情が訳のわからないものになり、私はお腹を抱えて大笑いした。

「でも、本当よ。」彼の自惚れたその表情は、もう私の手には負えない。私たちはよく、男性とデートする方が女性とデートをするよりも、どれだけ楽なのかを話していたからだ。

とは言え、パーカーの嵐のようなラブライフは、そう遠くない過去にちょっとしたドラマを引き起こしていた。ゲイの男性は時として、女性と同じような揉め事を起こす。

「もう、どうでもいいわ。。。で、一緒に行ってくれるのね?」その問いに彼は私を睨みつけたが、私は彼が来てくれるとわかっていた。

「そうね。。。」と溜め息をつくと、パーカーは私の肩に頭を乗せた。「行くわよ。行きたくないけれど、あなたとなら行くわ。セクシーなインストラクターに出会えるかもね。」

「そうなるといいけど。。。」

***

パーカーが遅刻した。。。殺してやる。一人で中に入りたくなかったが、あと5分で最初のクラスが始まる。

ハンナどこにいるのよ?!

私の指が携帯電話のスクリーン上で素早く動き、パーカーにパニックメッセージを送った。

パーカー今、向かってる
ハンナいつ着く?
パーカー10分後
ハンナくたばれ!

駐車場の向こう側にあるジムの照明看板を見上げた。

あの日のミステリアスな"J"の事が頭に浮かんだ。

今朝は彼がここに来ないことを願ったが、と同時に、彼がいて欲しいとも思っていた。

私は、腹の底からの唸り声を出すと、エンジンを切った。パーカーが間に合わないことは確かだ。私一人で行かなければならない。ちくしょう。

私は、感覚のない重い足取りで駐車場を横切り、1歩ずつ足を進める度に神経質になっていった。

ドアを押し開けると、前回よりは人がやや少ないことがに嬉しさが込み上げてきた。しかし、そこにいる人たちはは、馬鹿げているかのように筋骨隆々としている。

「おはよう。」受付カウンターで、私は囁いた。前回と同じ、スーパーモデルのようなセレブ風の女性が受付にいるのを見て、心が沈む。

「予約はあります?」その女性は、派手なネイルが施された指をカウンターに打ち付けながら、何かを待っているような目線を向けてきた。

「あの。。。」

「ハロー?」彼女はそう言い、私の顔の前で手を振ったのを見て、ゆっくりと瞬きをして気を取り戻した。

「マル、いい加減にしろよ。」と、別の異常なほどセクシーなトレーナーが言った。

からかわれたの? スタイルはいいけれど、外面がいいだけのトレーナーたちはどこにいるの? フィットな体型だけど、あまりかっこよくないトレーナーたち。でも、ここにいる人は皆が神や女神のようだ。

「どうしました、お嬢さん?」受付から顔を出したその男性は、私にキラースマイルを見せながら聞いた。フワフワな茶味がかったブロンドで、歯がとても白い。

声が低く、僅かに南部訛りのあるこの男性は、自分がいかに魅力的であるかを知っている。逞しそうな肩が、袖から胸元までデザインされたジムのロゴの付いた、タイトな黒のコンプレッションシャツの袖から盛り上がっていた。

「私。。。あの。。。ハンナと言いますか?」吃りながら意味不明な事を答えてしまい、恥ずかしさのあまり歯を食いしばった。

「本当? 質問しているように聞こえるけど、ダーリン。」彼が不思議そうな表情で微笑むと、自分の顔が火照ってくるのを感じた。

「あ、はい。。。はい。あの、はいって意味です。私の名前はハンナ。。。ダニエル。今日、コーチジョーダンとの予約があります。」

「マル、ちょっとどいて。僕が担当するよ。」そう言うと、コンピュータに向かっているスーパーモデルを肩で押し退けた。「自分のクラスの準備をしてきたらどうだい?」

「わかったわよ。」オフィスへ続くドアへ気取って歩いて行った彼女は、うんざりしたような口調で言った。

彼女の嫌な目線を感じなくてもよくなると、やっと一息できるような気がした。

「僕は、タイソン。みんな、タイって呼んでいるよ。」彼は、気取った微笑みを浮かべながら書類を取り出し、クリップボードに挟んだ。「で。。。ハンナ・ダニエルさん。残念だけど、今日はコーチジョーダンは来ないんだ。マルが彼のクラスを担当するんだけど、いいかな?」

この"マル"という女性の後ろ姿を見た。この人のトレーニングを、どう感じるのかの確信がなかった。

前回、彼女が私を見た時に私の事を生理的に受け付けないようだったし、今日も同じように感じているらしい。

私は、マルがクラスでただ一人の肥満体型者である私を一人置き去りにする状況をイメージし、気が狂いそうになっていた。そして、最後には私を辞めさせ、病気のために若くして死なせるつもりで。。。

「。。。さん。ハンナさん。どうですか?」タイは、微かな薄ら笑いを浮かべ、怪訝そうに私を見つめていた。

「あの。。。」顔がまた火照るのを感る。

「ハンナ。。。リラックスして。」

「ごめんなさい。私。。。ちょっと神経質になってるのかな?」恥ずかしさを抑え込もうとして、今までにない甲高い声が出てしまった。

「心配することはないよ。ここに来る人は誰でも"初めて"を経験するんだから。」

なんですって? ハンナ、失敗したわ。

彼の言葉が、私を動転させた。集中しないといけないが、彼の落ち着いた振る舞いで、この不愉快女のトレーニングを受けなければならなくなるという現実が、私の心をそれはそれは遠くへ飛ばしてしまったのだ。

「きみ、初めてだと思うんだけど。そうだよね?」机の下のプリンターから、何かを取り出しながら彼が聞いた。

何を初めてするのかって?

「いいええええ。。。」最後の『え』が思ったより長く声に出てしまった私を見て、彼がまた微笑んだ。彼はきっと、私は地球上で一番のおバカな女だと思ったに違いない。

「オッケー。その事は後でいいよ。取りあえず、この書類に記入してくれないかな?」クリップボードに挟まれた書類を私に押し出し、壁沿いに置かれているベンチの場所を顎で示した。

「暫くしたら見に行くから、お嬢さん。座って、記入していて。」

「わかったわ。。。」私はベンチに座り、書類に記入し始めた。内容は、一般的なもので、氏名、住所、電話番号、メールアドレスや紹介者の名前だったが。。。

最も困難な事項にたどり着いた。それは、誰もが隠しておきたく、カルテ以外の紙面には残したくない項目だ。

「体重。くそっ。。。」控えめに引かれた黒い線の横で、手が止まり、悪態をついた。

「何か質問はあるかな?」タイはペンを片手に受付カウンターに寄りかかって、私が記入しているのをさりげなく見ていた。

普通の人には大した事ではなく、皆、まるで自分を定義付けることなどないように記入していく。

「いいえ。。。大丈夫です。ありがとう。」深く深呼吸をすると、私は、三桁の数字を書き入れた。今まで、二桁ではなくこの三桁の数字が気になることはなかったが、今回は屈辱を少しばかり感じている。

この場所に自分が存在しているということは私を追い込み、ミスター・ミセスパーフェクトを目の当たりにする直前まで持っていたこの体型への自信を消滅させた。

その他の項目は簡単に記入できたが、健康状態欄に何を記載すればいいのかわからなかった。

高コレステロールと甲状腺の機能不全について書いた方がいいのかな? 重要? でも、トレーニングに影響する情報が必要なのか確か。だからこのような所は嫌いなのだ。個人の秘密を知りたがるから。

「ハンナ。終わった?」タイが横に座っていることにすら気が付かなかった。思わずクリップボードの書類が見えないよう、自分の胸に押し付けた。

「そうだよな。。。一番知られたくないことだけど、各セッションのゴールを決めるために、全てのことを知っておかないといけないんだ。大切なことを知らされてないために、極端に体力を消耗させたり、怪我をさせたりしたくないんだよ。」

少し落ち着きを取り戻すと、彼がクリップボードを掴もうとしたので、私は思わずまた自分の胸に押し付けてしまった。

「心配しないで。。。ここに書かれたことは、スタッフとコンピューターのデータ内にしか残らない。君の許可なしに、外部に知られることはないから。」

「スタッフ全員に?」私の目線は、オフィスの中に消えていったマルの方へ漂っていた。彼女は、人を批判するようなタイプだと思う。

「僕たちスタッフは、口外しないよ。僕たちの仕事は、君を励まして、サポートすることなんだ。君の成功は、僕たちの成功でもある。」タイは、私の手にある書類を優しく覗き込んだ。

「私が明らかに不健康だと他の人が見てもわかるってことではないの。」項垂れて、彼に聞こえないようそっと呟いた。

その時彼は、私の顎に指を添えて私の顔を上げた。わずかな情熱をもった和やかな青い瞳が、私を見つめていた。

「ここには、そんな嫌なことを言う奴はいないよ。君は綺麗だし、ここへ一人で来るすごい勇気を持っている。」

彼の声から感じ取られる情熱に、私の心臓が高鳴る。彼のような容姿の人が、ここまで支えになってくれるとは思っていなかった。

「大丈夫だよ。上手くいく。」

私は頷くと、このスタジオのサービス内容やどのような設備があるのかを説明する彼に顔を向けた。

「何か質問はある、ハンナ?」

「いいえ。。。ないです。何かあったら、聞きにきます。」

「わかった。」彼は笑顔で答えた。「心拍計を付けて。初めてのクラスに参加する心の準備はできてる?」

私は少し身震いし、タイもそれに気づいているようだ。彼は、優しく微笑んだ。

「さあ、行こう。楽しいから。マルは素っ気ないけれど、とても良いコーチなんだ。」

タイの後に続いて受付に行くと、私の心臓が高鳴り始めた。私の前腕に心拍計を取り付ける。少しチクリとした気がしたが、状態を確認するために必要なのだろう。

「打ち負かす準備は出来てるかい、ハンナ?」

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