Annie Whipple
グレイソン
「あのベータと一緒に行くんだ」 カイルが部屋を出たあと、ザガンはミニーとカシミールに言った。「ヴァンパイアとの戦い方をオオカミたちに伝授してくれ」
二人はうなずき、カイルが飛び出して行った方向に続いた。
二人きりになった俺とザガンは向かい合った。俺は警戒心を隠さなかった。俺は自分がザガンを信用していないってことをはっきりと知らしめたかった。少なくとも、今はまだ時期尚早だ。
大体、ヴァンパイアの王が自分の寝室にいることも理解できなかった。それも、俺とパートナーが寝るベッドの前に。
こんなことが起こるなんて、夢にも思わなかった。俺の中のオオカミも俺も、この状況全体にハラハラしていた。早くここから出ていきたかった。
ザガンと一緒にいたくはなかったし、群れの準備を手伝いに行くべきだとわかっていても、答えが欲しい質問がたくさんあった。
ザガンは俺に近づきながら広いスイートルームを見回して、納得したようにうなずいた。「アルファ、言わせてもらうが、君の群れの家はすばらしいよ」
私は嘲笑しそうになった。それが一生を城の中で過ごしてきた男の言葉かよ。
王家の宮殿は、スーパーナチュラル界で知らない者がいない歴代の有名セレブの住まいであり、信じられない豪華さだと言われていた。
ザガンがからかってるのか、本心なのか、わからなかった。いずれにせよ、俺は返事をせず、その代わりに黙ったまま腕を組んだ。
ザガンは俺の明らかな軽蔑にも動じず、小さな笑い声を漏らしながら首を振った。「僕は君の命を救ったんだよ、アルファ。軽蔑する必要はない」
俺は低くうなった。まるで駄々をこねる子供に話しかけるみたいなザガンの態度が気に入らなかった。「今のところヴァンパイアを信用するのは難しいんだ。許してくれ」
うなずいたザガンの表情が少し曇った。「そうだな、それはわかるよ」と言って、立ち止まり、同じように腕を組んだ。
俺に負けない険しい眼差しでザガンは俺を見つめた。「僕は君の敵ではない。我々の目的は同じだ。アザゼルが王座を奪えば、我々はともに多くのものを失うことになる」
その言葉の中に真実があるとわかっていても、俺の肩は強張ったままだった。
リーダである俺たちが失敗すれば、仲間や民衆が血を流すことになる。万が一にもアザゼルが成功すれば、何千もの人々が死ぬことになるだろう。
でも、だからといって、ザガンを信じる道理はなかった。このとき、俺はこの先、戦争が終わるまでザガンを支持することだけを考えていた。
この同盟は俺にとって承知しがたいものだったけど、群れの幸せのためにはそうしなければならないと納得していた。
カイルがザガン・モーターに接触したのは正解だった。でも、ザガンが単なる協力者としてではなく、本当に俺の信頼に値するのであれば、俺の信頼を勝ち取ってもらわなきゃならない。こっちは即座にその信頼を与えるつもりはなかった。
「アザゼルはどうやって俺の心に入り込んだんだ?」 俺はもっと有益な話をしようとした。
ザガンは眉をひそめて「いつ? たった今? それとも2ヶ月前に体を支配されたときか?」と聞いてきた。
ヴァンパイアに体を支配された明確な時期を聞かれるのが嫌だった。「たった今だ」
2か月前のことなら、アザゼルがどうやって俺を支配したのかはわかっていた。彼の思考にアクセスできたから。ヴァンパイアが俺たちのテリトリーに侵入してきた夜、アザゼルは黒魔術を使ったのだ。
あの夜、全てが変わった。アザゼルは秒単位で緻密に計画をしていた。アデリーの助けを借りて、ヴァンパイアたちが俺と戦士たちの気をそらしている間に、アザゼルは気づかれることなく俺たちのテリトリーに侵入した。
群れの助けを借りずにベルのもとへ戻ろうとした俺が、森の中で完全にひとりになった時、アザゼルは攻撃するチャンスを狙った。
その数日前、アザゼルは魔女から魔法の薬を盗んでいた。ヴァンパイアのために特別に作られたその薬は、使い主が噛んだ人物の体に入り込んで支配できるものだった。
支配したい相手の身体の一部を見つけ、それを薬の中に入れるだけで効果を発揮した。一本の髪の毛、ひとかけの爪を入れるだけで。
アデリーもこの計画に加担していたはずだ。ヴァンパイアはこの薬を塗った牙で、支配したい相手に噛みつくだけでよかった。
そのあとに心に入り込み、体を乗っ取る。アザゼルが俺にしたみたいに。
「『すべての魔法には代償が伴う』という言葉を聞いたことがあるだろう?」 ザガンが説明し始めた。
俺はうなずいた。
「アザゼルが支払った代償は、君とつながってしまうことだったようだ。君は彼の軍隊を見たんだろう?」
俺はまたうなずいた。「戦いの準備をしていた」
「それはアザゼルの人生にとって重要な瞬間であり、転機だった。彼は頭の中でコアメモリーを作っていた。
「君の体から離れたとき、彼は魂の一部を残した。黒魔術ではよくあることだ」 そう言ってザガンは顔をしかめた。
「彼が残した魂の一部は、アザゼルの人生における重要な瞬間、つまり戦争を始める瞬間に立ち会いたかった。だから君が現れたんだ」
それを聞いて俺は歯を食いしばった。アザゼルのどんな部分も自分の中に入れたくなかった。「あいつも俺のコアメモリーが作られる時に現れるのか?」
「いいや、参加が故意ではなかったとしても、参加してしまった君の代償はパートナーを失うことだっただろう」
ザガンの言葉に、俺の中で即座にオオカミとヴァンパイアが一緒に押し寄せてくるのを感じ、うなりながら牙を剥いた。「俺はベルを失っていない。彼女は俺のものだ。永遠に俺のものだ」
ザガンは楽しげに眉を上げた。俺がここまで強く反応するとは全く思ってなかったみたいだった。これが俺の中のオオカミをますます怒らせた。
俺は牙を突き出してうなり、首を回した。オオカミに変身したい衝動を抑える必要があったのだ。俺のオオカミは支配をほしがった。一晩中、俺を支配したがった。
「悪気はないんだ、アルファ・グレイソン」 俺がどれほど真剣にベルを守ろうとしているのかがわかると、ザガンはすぐに面白がるのをやめた。
「僕がアルファ・ウルフと対面したのは初めてなんだ。気を悪くするようなことを言ったかもしれないが許してほしい。君のパートナーは大丈夫だし、二人はすぐに再会できるはずだ」
俺の中のオオカミはわずかに落ち着きを取り戻したが、そのまま意識の前方にとどまった。必要なときに彼女を気遣うことができなかったと思い知らされて、俺のオオカミは腹立たしかった。
俺はこぶしを握り、何かを殴りたいという強烈な衝動に駆られた。この戦争が終われば、ベルは俺の腕の中に戻ってくる。そして全てがうまくいく。
このままザガンと一緒にいたら変身してしまうかもしれないと思い、俺はうめきながらドアを開けて部屋から出た。カイルを見つけて戦闘の準備を手伝うつもりで。
ザガンが後ろをついてくる音がかすかに聞こえたが、無言を通してくれて助かった。あと一言でも発していたら、今日のモーター家にはアザゼルの他に亡骸がもう一体増えていたことだろう。