Zainab Sambo
ローレン
両開きのドアが開き、私たちは外に出た。カメラのフラッシュですぐに目が眩んだ。
記者たちはひっきりなしに写真を撮り続け、私にとって何もかもが常軌を逸していた。
注目を浴びるのは嫌だった。気がつくと、道に飛び出し全力で逃げ出したい衝動に駆られていた。
しかし、腕がゆっくりと私の腕にからみつき、警告のように肘をつかむ力が入った。私は、彼が私の意図を難なく察したことに、苦々しく思うくらいだった。
「キャンベルさん、突然結婚するって本当ですか?」
「キャンベルさん、結婚について教えてください」
「キャンベルさん」
「キャンベルさん、何か言うことは?」
「結婚式はいつですか?」
「新婦はどなたですか?クロエ・ウエスト?あなたが付き合っていたと噂されていた女性ですか?」
あらゆる角度から質問が投げかけられ続けた。しかし、茫然としているのは私だけだったようだ。
「みなさん、ご静粛に」
メイソンの威圧的な声に、会場は急に静まり返ったが、カメラのフラッシュは止まなかった。私は、これが終わる頃には失明しているかもしれないと思った。
「ありがとうございます。謹んで婚約を発表します」彼はカメラのフラッシュよりも眩しい笑顔でこちらを向いた。「ローレン・ハートさんです」
カメラは私に向けられ、私がどうにか本物まがいの作り笑顔を浮かべると、全員が私の写真を撮った。
「ハートさん、こちらです!結婚式の日取りは決まりましたか?」記者の1人が聞いた。
私の胸はドキドキした。私は茫然と黙って立っていた。
「やあ」とメイソンは言った。「このニュースを伝える光栄に預かりたい?」
今頃ベスはどこかで大笑いしているのだろうか。
「2週間後です」私はカメラに向かって笑顔を振りまきながら甲高い声で叫んだ。
「メイソン・キャンベル夫人になることをどう思いますか?あなたは対処出来ますか?」
彼の質問は、かつてベスが私にした質問と腹立たしいほど似ていた。
私は緊張した面持ちで記者に笑いかけ、悪戯っぽく目を輝かせたメイソンを一瞥した。
「最愛の人と結婚できるなんて、夢のようです」笑顔をさらに深めて答えた。「メイソンは私のものです。だから、彼の妻になることを心配する必要はないと思います」
メイソンはそのときを選んで私の耳に顔を近づけ、私の紅潮した頬に軽く唇を合わせた。
ゾクゾクするような戦慄の連鎖が脳裏を駆け巡り、快感を誘う疼きが体の隅々までチクチクと刺激した。彼は手を引いて私に微笑みかけた。
私の口は衝撃で開きそうになり、指が彼のキスした場所に触れそうになった。私は危うく自分を見失うところだった。
実を言うと、私は彼の鍛え上げられた肉体の魅力、印象的な顔立ちの下で煮えたぎる彼の力のオーラ、彼の深い声、そして彼の銀色の瞳を無視するつもりだった。
彼に執着し続けても、いいことはない。
「お越しいただきありがとうございました。これから結婚式の準備を始めるので我々は失礼します。さあ、行こうか?」
私たちはカメラに背を向け、社内に戻った。目を閉じて、私は無事に社内に入るまで、浄化するように冷たく湿った空気を次々と深く吸い込んだ。
私はアテナとアーロンを探しに行く言い訳をした。行く先々で視線を浴びせられたが、それらは決して優しい眼差しではなかった。
初日に受けた視線のほうがまだ良かった。私は彼らが何を考え、何を言っているのか分かっていた。
私はメイソンの金目当てに誘惑した。
彼と結婚するよう脅迫した。
私は彼の子を妊娠していた。
こういった考え、またそれ以上のことが皆の頭をよぎってるのだろう。
誰かが私の行く手を阻み、それがジェイドであることがわかった。彼女は激怒しているようだった。額の血管が浮き出ているのが見えたからだ。
「キャンベルさんと結婚するの?」
私はため息をついた。「そうです」
彼女は目を見開いた。彼女の唇が動いたが、声は出なかった。
「ごめんなさい」と私は謝った。「あなたがどれだけ彼を好きか知っています」
彼女は声を詰まらせながら背筋を伸ばした。「あなたみたいなどこの馬の骨かも分からない人が、どうして彼と結婚できるの?」
「ジェイド!」アテナが廊下で私たちの隣に現れた。彼女の顔は真っ赤だった。「キャンベルさんの婚約者よ、気でも狂ったの?」
「そうよ、私は怒ってるわ!」彼女は髪を振り乱して叫んだ。
「どうして彼と結婚できるの?身の程知らずよ。地味な女で、彼とは釣り合わない!この子は...」
バチン!
アテナの手がジェイドの顔に飛ぶと、私は息を呑んで両手で口元を覆った。
「アテナ!」 私は叫んだ。
「ウォーカーさん!」誰かが背後から叫んだ。
私たちは振り返り、メイソンとその目に宿る怒りを見た。
なんてこと。
なぜ今になって現れたの?
なんてこと。
「ウォーカーさん」と彼は繰り返し、床に視線を落とすアテナを見下ろした。
彼の声に背筋が凍った。
「あなたはキャンベル・インダストリーの規定にある、屋内で物理的な喧嘩をしてはいけないという規則を破った。自分が何をしたのかわかっているのか?」
私は緊張した。
答えるアテナの表情には感情がなかった。「はい、キャンベルさん、規則はよく承知しています」
「ウィローさん、何か言いたいことはありますか?」彼の口調は、彼女が私について言った言葉をすべて聞いていたことを示していた。
ジェイドの筋肉が緊張した。
「い、いいえ」
「君たち2人を警告で釈放する。ワンストライクだ」
私の体から力が抜け、ようやく呼吸が整った。ジェイドの筋肉は彼の言葉に萎縮したようだった。
メイソンがドス黒い視線を彼女に向け、私は身震いした。
「私が誰と結婚しようが、君には関係ないし、ウィローさん、君が意見を述べるのは君の仕事ではない。ローレンは僕の妻になるんだ。僕を尊重するのと同様に彼女を尊重できないなら、君は解任されるだろう。それを理解してほしい。さあ、仕事に戻るんだ」
彼は廊下の奥に消える前、最後にもう一度私に目をやった。
***
「セレブの友達が来た!」 私が帰宅すると、ベスが叫んだ。彼女はスキップして私のもとにやって来ると、私の手を取ってソファに座らせてテレビをつけた。
すぐにメイソン・キャンベルの婚約を伝えるニュースが流れた。
彼女は別のチャンネルに変えたが、同じものを映していた。
どのチャンネルも私の顔だらけだった。
圧倒された気分だった。穴を掘って入りたいと思った。
「大体どうやって私の写真を手に入れたの?」3年前に撮った運転免許証の写真を見せられたことに驚いて、私は尋ねた。その写真写りは悪くなかった。
今と同じように見えた。
ベスに目をやると、彼女の青白い頬が真っ赤に染まっていた。
「私がメディアに送ったのよ。そんな目で私を見ないで!でなきゃマスコミはあなたの酷い写真を掘り起こし、世界中に公開してたわよ」
「高校のイヤーブックの写真が出回ったらどうなるか。歯列矯正をしてて、おでこに2つの大きなニキビがあったよね。私はあなたのためにここまでしてあげたのよ」
「それはどうもありがとう」私は皮肉っぽく答えた。
「ニュースで発表されて以来、私の携帯電話が鳴りっぱなしだって知ってた?高校時代の友達から電話もかかってきたよ。みんな遊びに来たがっていたよ」
私は鼻で笑った。
「その通りよ」と彼女は小馬鹿にするように続けた。「有名になると、突然みんなあなたと付き合いたがるの。あなたの携帯に電話したんだけど、つながらなかったのよ」
私は携帯電話に目を落とし、電源が入ってないと気づいた。「バッテリーが切れたんだ」
「みんな本当にこんな感じなの?酷いよね。誰もがあなたから何か欲しがっているけど、この人たちは普段、平気で見て見ぬふりをする人たちなんだから」
彼女は私の背中を叩いた。「これは信じて。気分はどう?」
私はソファにもたれかかり、テレビのことは忘れた。
「参ったわ。まだ信じられない。何もかもがあっという間のことで」
「そうよね。私たち2人が結婚を決めるのは、本当に4、5年後だと思っていた。でも、2週間後に結婚式よ、ローリー。シュールだわ」
私はため息をついた。「そうよね。考えただけで吐きそう」
キッチンカウンターに置かれた小さなバッグが目に入った。
「それは何?」と私は尋ねた。
「メイソンからだと思う」ベスが言った。「黒いスーツを着た男の人が持って来たの」
ベスは黒いベルベットの箱を取り出した。まさかと思う形だった。
彼女がゆっくりと箱を開けると、大きなダイヤモンドの指輪が私たちを見つめた。私たちの口は開いたままだった。
「わあ、すごい」と彼女は驚いたように言った。ベスは指輪を取り出し、指の間で回した。「これは本物よ、ローレン。すっごーい。すっごく大きいわ!」
私は目をそらし、高価な指輪に目を奪われないようにした。
「将来の夫が、婚約指輪を渡すために運転手を送ってくるなんて。これで私の目には彼の至らないところは完全に拭い去られた。もう、ローレンったら......」
私は彼女に目を回した。まあ、メイソンが自分から片膝をついてプロポーズしたり、指輪をくれたりするとは思っていなかったけれど。
私は彼の美しい手書きのカードを取り出した。
ローレン
婚約指輪です。ダイヤモンドが小さすぎたら、クープが君の好みに合うよう交換に連れてってくれる。
メイソン・キャンベル