Broken Queen ―捨てられた狼女は運命を覆す― 1巻 - 表紙

Broken Queen ―捨てられた狼女は運命を覆す― 1巻

Danni D

堕天使

アレックス

目の前で、ボロボロの姿で意識を失って倒れている狼女を見ながら、彼女が火事から逃れたのか、それとも彼女が火事を起こしたのか……考えずにはいられなかった。

彼女には野性の雰囲気があったが、はぐれ者でないのは確かだ。だったら、彼女はこんなところで1人で何をしているんだ?

俺は身をかがめて彼女の体を観察し、どこの群れの者か手がかりを探した。

彼女の腕に軽く触れると、突然、手で喉を掴まれた。彼女は目を覚ましていた。

彼女のくっきりとした黄色い目は、恐怖に満ちて俺を見つめていて、俺の首を絞めようとしているにもかかわらず、とても美しい。

「俺は……君に……危害を加えるつもりは……ない」俺はかすれた声でどうにか言葉を発した。

彼女は喉を締めつけていた手を離した。這うようにして木の根元にたどり着き、木にもたれかかった。彼女は驚くほど強い。

脚には銃創があり、血まみれだったが、奇妙なことに傷口から出血していない。

「あなた……あなたは誰?」彼女は言って、俺が近づきすぎたら攻撃しようと鉤爪を突き出した。

「俺はアレックス」俺は両手を上げて言った。「ここで何があった? 誰に撃たれたんだ?」

突然、いくつか別の匂いを嗅ぎ取った。それらは狼のものではなく……人間のものだった。しかも死んでいる。

穏やかな問いかけは、すぐに尋問に変わる。

「おまえが火をつけたのか? そして人間たちを殺した?」俺は非難するような口調で訊く。「人間を殺すのは俺たちの法に反している。おまえははぐれ者か?」

「私は……そう、私が火をつけた。でも、私ははぐれ者じゃない。それに、彼らはただの人間じゃなく……ハンターだった」黄色い瞳に苦しげな色を浮かべながら、彼女は答えた。

「はぐれ者じゃないというなら、それを証明しろ」俺はそう言って、彼女に近づいた。「なぜ1人でここにいる?」

彼女は腕を持ち上げて、小さな三日月のタトゥー――群れの戦士の証――を見せた。

「君は三日月の群れ(ルビ:クレセント・パック)の狼なのか?」俺は少し訝かりながら尋ねた。「どうしてこんなところに? ここは王族の群れ(ルビ:ロイヤル・パック)の境界だ」

彼女は腹立たしげにため息をついた。「あなた、頭悪いの? 言ったでしょ、ハンターだって」

「俺の群れの外でハンターが活動していたら、わかるはずだ」俺はいら立ちを覚えて言った。

「あなたの群れ? 誰があなたを王様にしたのよ」彼女は呆れた表情をした。「あなたはどう見ても、ここまで独断でやって来た群れの普通の戦士よ」

「それに」彼女は続ける。「目と鼻の先にいたハンターの匂いを嗅ぎ分けられなかったのなら、訓練に戻る必要があるんじゃない?」

(くそ、傲慢な女だ。この俺にこんな口を利くとは信じられん)

「ハンターがいたことを示す証拠を破壊したとは、ずいぶんと都合がいいな」俺は怒鳴った。

驚いたことに、彼女の目から涙が溢れ、そのタフな外見が崩れる。

「私……やつらを生かしておけなかった。私の身に起きたことを……ほかの誰の身にも起こさせたくなかった」

これまで積んだあらゆる訓練から、この女性は危険だと感じても、俺の中の狼は、彼女が真実を言っていると伝えていた。

何か恐ろしいことが彼女に起こった……忘れられないほどつらいことが。それが彼女を苦しめている。

(その気持ちを俺は知っている)

「君の名前は?」ふいに罪悪感を覚えてそう尋ねた。最初にするべき質問だった。

「アリエル。アリエル・トーマス」

(クレセント・パックのアリエル・トーマス……そのヒマワリのような瞳の奥に、何を抱えているんだ?)

俺は手を差し伸べた。「手当てが必要だ。案内させてくれるか?」

彼女はゆっくりと頷き、俺の手を取ったが、立ち上がろうとして苦痛の叫び声をあげ、脚ががくっと崩れた。俺は彼女が倒れる前に彼女を支える。

出血があろうとなかろうと、銃創は痛むはずだ。

「どうして治らないのよ」彼女はイライラした様子で訊いた。

(治る? 狼は人間より治りが速いかもしれないが、これは新しい傷だ。なぜ彼女は治ると思うんだ?)

周囲の木々がガサガサと音を立て、ドムが率いる戦士大隊が空き地に飛び込んできた。

「アレックス、下がれ! その女は危険かもしれない」ドムが唸り声を上げて、俺をかばうように前に立つ。「バカなことはしないと思ってたのに」

「落ち着け、脅威は彼女じゃない。脅威はハンターで、すでに制圧されている」俺は答えた。

この傷だらけの若い女性が1人でハンターの一団から逃げ出し、1人で皆殺しにすることがいかにおかしなことか、ふと気づいた。何かが腑に落ちない……。

ドムは数人の戦士に、今やくすぶっているだけの残骸を調べるよう合図をした。

「で、彼女は誰なんだ?」ドムは俺の腕の中にいる女性を鋭く指さしながら尋ねた。

彼女はひどく汗をかいている。彼女が傷に苦しんでいるのは明らかだ。

「アリエル・トーマスだ」俺は緊張しながら答えた。「彼女には治療が必要だ。今すぐに」

「待て、彼女を群れに連れていけって言うのか? アレックス、彼女ははぐれ者か、あるいは――」

「彼女ははぐれ者ではありません」年配の戦士が進み出て言った。彼はスティーヴンという名で、最も経験豊富で最も尊敬されている戦士の1人だ。

「どうしてわかるんだ?」ドムは疑わしげに尋ねた。

アリエルが瞬きをしたかと思うと、腕の中で気を失った。俺は彼女が倒れないようにしっかりと引き寄せる。

「なぜなら……」 アリエルを見つめるスティーヴの視線が真剣なものになる。「彼女の父親を知っているからです」

アリエル

心拍数モニターの低い音で、私は眠りから覚めた。目が天井のまぶしい蛍光灯に慣れる。

ボロボロの服は病衣に取り替えられ、枕元には誰かが置いていった花束があった。突然、圧倒されるような感情に襲われ、涙が零れ落ちた。

目覚めたとき、手足を鎖や枷で拘束されていなかったのは2年振りのことだ。やっと自由になれた。

私は毛布を持ち上げて、脚を調べた。驚いたことに、銃創は完全に塞がっている。まるで撃たれていなかったかのようだ。

「おお、目が覚めたんだな!」

私はすぐに毛布を足にかけ直した。私の治癒能力に注意を引きたくなかったからだ。

父と同じくらいの年齢の年配の男性がベッドに近づいてきた。森にいた戦士の1人だと気づく。

「私を見張りに来たの?」私は少しムスッとして尋ねた。

(この人たちが私のことを信用していないとしても、驚くことではないよね)

「逆だよ」彼は明るく言う。「見舞いに来たんだ。もう何年も会ってなかったが、君の目はお父さんとそっくりだね。

君のお父さんは君のことをいつも何と呼んでいたかな? 私のかわいい戦士だったか?」

「いったい……どうしてあなたは……」 私は声を詰まらせながら答えた。パパはかつて私のことをそう呼んでいた。レディは戦士になるべきじゃない、とママが抗議しても。

「君のお父さんと知り合ったのはずいぶん前だ。君と最後に会ったとき、君はまだ3歳か4歳だったかな」

「父は……父は来ますよね?」 私がいなかった2年の間に、パパに何かあったのではと急に怖くなり、私は尋ねた。

「今、ここに向かっているところだよ」彼は微笑みながら答えた。「君が生きていて無事だと知ったとき、大喜びしていた。

彼は30分ほど、『女神様、感謝します」以外の言葉を口にすることができなかったよ」

(女神様に感謝するのは正しいことだわ。私がこうして生きていられたのは、セレネのおかげだもの)

「ごめんなさい、あなたの名前すら知らないんです」私は言って、パパの友人に手を伸ばした。「本当の意味で誰かと話すのは……しばらくぶりで」

「名前はスティーヴンだが、スティーヴと呼んでくれ」

私の手を握りながら、彼の表情が悲しげなものに変わる。「君がどんな目に遭ったのか想像もできないよ、アリエル。

もし話したくなったら、私がここにいるからね。妻のルイーザもだ。この味気ない部屋が少しでも明るくなればと、妻が花を送ってきたんだよ」

「お2人ともとても親切ですね」そう言いながら、目が潤んできた。

「君が経験したことを耐えるには、真の強さがなければならない」スティーヴは温かく言う。「真の戦士だ。分隊には君のような人が必要だ」

静かなノックの音で私たちがドアに目をやると、アレックスが立っていた。手にはヒマワリの花束を持っている。

「スティーヴ、アリエルと話がしたいんだが、いいか?」

「もちろんですとも」スティーヴは頷きながら言う。「また会おう、アリエル」

彼が去ると、アレックスはベッドの横に近づいて、空の花瓶に花を生けた。

「私の好きな花よ」私は感動して言う。「どうしてわかったの?」

「ああ、いや、実は知らなかった」彼は口ごもった。「この花を見たら、君の目を思い出したんだ」

まぶしすぎる蛍光灯のせいかもしれないが、アレックスの顔が赤くなっているように見える。彼は赤面しているのだろうか。

「も、森で君のことを少し……疑って悪かった」彼は言って、落ち着かない様子で後頭部を掻いた。

「君がはぐれ者じゃないと気づくべきだったのに」

「私もごめんなさい。ハンターのことで当てこすりを言って」私は言った。

私自身、少し辛辣だったような気がする。「やつらは地下に隠れていた。何が起こっているのか知るのは不可能だったと思う」

「アリエル、やつら君になんて……」 アレックスは体を強ばらせて言う。「ひどいことを……残骸の中から拷問道具が見つかった」

彼の顔はまた赤くなっているが、今度は怒りからだった。「君がやつらを片づけてくれてよかったと思う……だが、どうやって? いったいどうやって逃げたんだ?」

アレックスは信頼できるように思えたが、まだ会ったばかりだ。秘密をすべて打ち明けるのは不安だ。それに、話したとして信じてくれるだろうか?

この治癒能力はどんなふうに働くのか、まだわかっていない。今のところ、あまり安定していない。

「あの、アレックス、花をありがとう。でも、今はあまり思い出したくないの」私は急いで言う。「何かほかの話をしない?」

「ああ、もちろん」彼は慌てた様子で訊く。「どんな話がしたい?」

「私たちは2人とも群れの戦士でしょう? 少なくとも……私は群れの戦士になるための訓練を受けていた。ちょうど最終試験まで行ったところで……」

声が途切れた。2年前、私の人生は完全に奪われた。今、私は自分の立場がどうなっているのかわからない。何を失ったのかもわからない。

私が姿を消したからといって、世界が止まって私を待っていたわけではないのだ。

「君は多くを失った」アレックスは私の心を読んだかのように言う。

彼の目が私の目と合った。「何かを……あるいは誰かを……失うと、自分の居場所がなくなったと感じる。再び目的を見つけるには長い時間がかかる」

私はふと、アレックスが私の手を握っていることに気づいたが、手を引っ込めなかった。

彼とのつながりを感じた。喪失感を知っている彼の姿から、彼も何か大切なものを失ったのだとわかる。

「失礼します」突然声がして、クリップボードを持った医師が部屋に入ってきた。「お邪魔でなければいいのですが」

アレックスはパッと手を離した。「ああ、何だ?」彼は気まずそうに咳払いをして尋ねた。

「もしよろしければ、ミズ・トーマスにもう少し検査をさせていただきたいのですが」医師が言った。

アレックスは頷き、立ち上がった。「また後で話そう、アリエル」

ドアに向かうアレックスに、医師がお辞儀をした。何なの?

「彼女の状態をつねに知らせてくれ」アレックスの言葉に、医師は顔を上げた。

「もちろんです、我がアルファ」

今医師は……。

アルファって言った?

なんてこと。

アレックスは群れの戦士なんかじゃない。彼はロイヤル・パックのアルファ!

アルファよ!

つまり彼は……。

王だ。

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